crocus

恵介はそんな店内での話題に、嫌気がさして、特に用はないがリビングへと移動した。

今は雪村さんのことを考えたくない。専念して演奏に没頭出来る、開店時間の18時が待ち遠しかった。不純な理由だけど。

「 恵介か」

雪村さんのことを考えたくなくて逃げている奴がもう一人、先にリビングのソファーを堂々と占領していた。そんなふんぞり返る要を見て、恵介は返って冷静さを取り戻していく。

昼間、要が雪村さんに対して厳しい言葉を言ったことよりも、そういった感情を剥き出しにしたことで、要なりに雪村さんを信用し始めていたのだと恵介は悟っていた。だからこそ、彼は彼なりにどうすればいいか戸惑っているに違いない。

「お互いまだまだだね。恭平達の素直さが、ちょっと羨ましいや」

「ふん。素直な恵介なんて気色悪いだけだ」

「どっちが」

要と話したことで余計な思考が削り取られ、剥き出しになった自分の本心に触れてみた。

雪村さんも僕のことを大事だと思っていたんだろうか。

母親の話題が僕にとって地雷だと知ってて、あんなに必死になって動いてくれる女の子…いや、人間はきっともう出会えない気がする。

クロッカスの仲間は、傷ついた者同士がお互いの背中を任せあって、歪ながらもやっと1つの柱になって居場所を形成している。もちろん、そんな仲間も大事に思っている。

だけど、ずっと体を柱に任せっきりだった僕に『1人で立ちなさい』と言わんばかりに正面からグイッと引っ張ったのは雪村さんだった。

突然のことに戸惑ったし、腹が立った。それは彼女の言う言葉がどれも正論だったからだ。僕がしたのは、反抗期のただのガキの悪足掻きだ。


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