crocus

2階には長い廊下、そして左右の壁には向かい合うようにして扉が6つあり、その一番奥の右側の扉の前でオーナーさんは足を止め、若葉の方を真剣な面持ちで見つめた。

「朝、私が言ってた仕事内容……覚えてる?」

「えっと……お花の管理ですよね。……あのゼラニウムが咲く花壇の管理ですか?」

「それもお願いしたいけど……私が言うのは、デリケートで面倒臭くて、しょうもないけど……ほっとけない、あの5人のことよ」

「5人……?えっ?まさか、あの店員さん達のことですか?」

そうよ、と優しく微笑んだ後、オーナーさんは少し寂しそうな顔をしてみせた。

「あの5人はそれぞれがトラウマだったり、心の傷だったり……やっかいなものを抱えてるの。若葉ちゃんには、そんなあいつらの活性剤になってほしいなって思ってるのよ」

「活性剤……」

なんだか重大な責任のように感じ、足元を見つめると自分の影の色がふっと濃くなったように感じた。

オーナーは頭上でふっと笑い、若葉の頭を優しくぽんぽんと叩いた。

「もう、そんな顔しないの!なにも『あいつらを助けてー、救いだしてー』なんてそんな大層なこと言ってるんじゃないわよ?変わりたいなら、それはあいつら自身が乗り越えることだもの」

でもね、と続けるオーナーは、ぎゅっと若葉を抱きしめた。

「……そばにいてくれるだけでいいのよ。それだけで救われた人間もいるんだから……」

「……オーナーさん?」

肩をぐっと押され体は離れる。


< 31 / 499 >

この作品をシェア

pagetop