crocus


楽に事が進みそうだと安堵したのか田辺という男は、要に対して小馬鹿にしたように笑みを浮かべた。

「いえ、私は代理です。あいにく土地権利者のオーナーは海外へ出張中でして…お話し合いとやらは、日を改めていただかなければなりません」

「ほう…。そうですか。困りましたねぇ」

田辺はわざとらしく項垂れ、店内を闊歩し始めた。

「あれ?でも確か、飲食店を営むには食品衛生管理責任者の資格が必要ですよね。まさか、衛生面が行き届いていない店内で、お客様に料理を提供してませんか?もしそんな環境が何らかの理由で外に漏れれば…」

要は愚問だと言わんばかりに、田辺御一行様を言葉の力で威圧する。

「ご心配痛み入ります。ですが、そのような事実はありません。ここにいる全員が有資格者ですから。調理師、栄養士、管理栄養士、製菓衛生士、バリスタとエキスパート揃いですから、衛生という基本中の基本が疎かになるなどあり得ません」

田辺の笑顔が引き吊り始めた。小者だと油断したのが、そもそもの間違いで、逆に自分の程度の低さが露呈してしまった。今更、何を言っても、必死の取り繕いにしか聞こえないだろう。

「脅しのつもりだったのかな?」

椅子の上に胡座をかいて座る誠吾の無邪気な言葉に田辺は顔を赤く染めた。


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