crocus
「き、今日は一先ず引き上げましょう。また後日、お伺いします」
敗北者の決まり文句を、こんな間近で再現してもらえるなんて、今後あるだろうか。いや、ない。
貴重な体験をさせてくれた黒スーツの面々が店内を次々に出ていく。そして田辺は、扉の前で何か思い出したのかピタッと立ち止まった。
「そうでした。もう1つ大事な話がありました」
振り返った無表情の田辺を、一同が若干身構えて言葉を待った。
「ここに雪村若葉さんが働いていらっしゃいますよね?お顔が見えないようですが…今どちらに?」
大島グループの田辺の口から放たれた名前の意外性に驚いて、クロッカスに不快な緊張が走った。細い田辺の目の奥は、ゆらりと怪しく光る。