crocus
自分のせいでの雪村さんの不在に、恵介は今日何度目かも分からない胸の冷や汗を感じた。
「彼女はしばらく休暇の予定ですが…、ご用件をお伺いしても?」
正直に知らせた要は、何食わぬ顔で田辺に質問を返した。雪村さんの身を案じてか、クロッカスの保身のためか、どちらかわからない言い種だった。
「いやね…、雪村若葉さんのことを我が社の上司に言われ極秘で探しておりましたところ…、こちらにいるという情報を得て、昨日接触をしたんですが…邪魔が入りまして。…まぁ、いないということは、ご実家に連れ戻されたことも視野に入れないといけませんかね。そっちの方が好都合です」
「実家に連れ戻されたってなんだよ!?帰って来ないかもしれないっていうのかよっ!」
琢磨が声を荒げて問い質すものの、田辺はコバエを疎ましく思うような表情で適当に返答する。
「十中八九、1人で抜け出すのは困難でしょう。…それでは、私はこれで」
颯爽と足を反した田辺は、クロッカスを後にした。その直後に、琢磨は意を決したように小さな低音で呟いた。
「俺、放っとけねぇよ。奴を追いかける」
着ていたダブリエを脱いで、裏口から店内を出てすぐのところにある下駄箱で靴を履き替えている。
走って追いかけるつもりだろうか、とその行動をただ見ていると視界を横切る2つの影。
「わりぃけど…俺も行く」
「僕も。ごめんね、帰ってきたら、ちゃんと怒られるから。」
恭平と誠吾もダブリエを慌ただしく脱ぎだした。そんな中、外では大きなエンジン音が聞こえた。田島の車がついに発進したようだ。