crocus
恵介も厨房へ向かい、拭き掃除を始めるために新しい布巾が入っているシンクの側の引き出しを開けた。
すると、そこには昨日川に投げ捨てたはずの砂時計が入っていた。咄嗟に手に取ってみると、確かに本物の恵介の砂時計だ。
状態を観察すると、上下の板を支える三本の柱の内、一本だけちょうど真ん中に透明の接着剤で繋ぎ合わせた跡があった。
川の中で石か何かに当たった衝撃で折れた部分を修理したのだろう。まず、春の夜のまだ冷たいであろう川に入って拾ったことが信じられない。
そんなことをしてくれたのは、紛れもなく雪村さんだ。
引きずっていた消失感が、温かい安堵へとじわじわ変わっていく。らしくもなく体が気持ちのいい高揚感に包まれた。
今一度、目を瞑り改めて昨夜の雪村さんの行動を予測してみる。
昨夜の晩、僕に罵られた後に1人になった雪村さんは冷たい川に浸かって、砂時計を探し出した。そして、寒さで震える体で修理までしてくれた。
その後、商店街の人達との約束の品を準備して、一つ一つ手紙を添えて琢磨に託した。
そして夜更けに、そっとここを出ていったんだろう。
恵介は自分の言葉が与える影響の重さを実感した。例え何気なく感情の昂りで繋いだ言葉だったとしても、当前ながら悲しませたり、居場所を無くさせることに繋がる。
雪村さんは、そんな僕の言葉が生まれた心の棘に触れるほど近づいてくれた初めての女の子なんだ。