crocus
それにもかかわらず、昨夜の別れ際の雪村さんの表情すら思い出せない。
だらんと頭を落とすと、砂時計が入っていた引き出しに白い紙が入っていた。そっと手に取り広げると、朝方見た雪村さんの書き置きと似たような筆跡で手紙が書かれていた。
『橘さんへ
私の行き過ぎた発言で、砂時計を手放させて本当にすみません。
橘さんの気持ちを背負う覚悟が出来ていないまま、未久さんと橘さんの問題に立ち入ってしまいました。
それを橘さんに言われて気づきました。だから私の抱えている問題をきっちり片付けてから、今度こそフレンチナイフを橘さんに受け取ってもらえるよう頑張ります。
意味のないことかもしれないですが、その方法しか思い浮かばなかったのです。
それから…未久さんは毎年の橘さんの誕生日に白いバラを送っていたと聞きました。
白いバラの花言葉に『約束を守る』というものがあります。未久さんは橘さんと同様、ずっと約束を忘れていなかったんですね。そして2人とも離れた場所にいても夢を叶えました。約束が2人を繋いでいたから、また出会えたのだと思います。
…長くなりましたが、私は必ず戻ります。橘さんが信じるに値する人になれるように。
雪村若葉』
…そうか、母さんは約束を覚えてくれていたのか。
ずっと約束なんてどうでもいいと思われて、置いていかれたのだと思っていた。