crocus
「ははっ、面白いことを言う。理由がないと言ったが、お前は千春の娘、つまり雪村財閥のただ1人の孫娘である以上、繁栄を途絶えさせてはいけない責務を生まれた時から背負っているんだよ」
お祖父様は机に戻り、どこかに一本の電話をかけ始めた。
その間に、扉へ駆け出して逃げたかった。自由のない鳥籠に入るなんて、まっぴらゴメンだ。私は私の足で信じた道を歩きたい。
そんな理想すらも汲み取ってしまえるのか、お祖父様は受話器を片手で押さえて鋭い眼光で言う。
「お前がいた…クロッカスといったかな?あんな小さな店を潰すことくらい造作もないよ?」
その言葉通りの光景を悲しいほど簡単に想像出来てしまった。
恭平くんの薫り深いコーヒーも、誠吾くんの甘いスイーツも、橘さんの美味しい料理も、桐谷さんが選ぶワインも、琢磨くんの選ぶ店内BGMも全部無くなってしまう。
そしてそれを楽しみにしているお客さんの笑顔も、自分の身勝手1つで一瞬で無くなってしまうのだ。
そしてそれを平気でやってのけるであろうお祖父様を若葉は知っている。