crocus
8歳の時に、両親を事故でなくした若葉は母方の父親である雪村財閥のお祖父様に引き取られた。その時から「水瀬」の苗字も「雪村」に変わった。
若葉に待っていたのは、悲しみで涙を流す余裕もないほど、張り詰めた世界だった。
理由は分からないが屋敷からの外出は厳しく制限され、話し相手と言えば大人の女給か執事だけ。
小学校はそのままでいいと言われたけれど、クラスメイトには両親がいなくて可哀想だと腫れ物扱いをされた。友達だった女の子達も、急に遠巻きに若葉を見るようになった。
一番辛かったのは、お祖父様と2人きりになる食事の時間。10メートルあるかないかの長いテーブルの端と端で向かい合って食べていた。
静かな空間で、お祖父様に常に睨まれ疎ましく思われていると考えるだけで、フォークが皿に当たる音ですら出せなかった。味も分からないが、残すわけにもいかない地獄の時間だった。吐いて戻したことだって、一度や二度じゃない。
そして1人で部屋にいると、よく聞こえてきたのは怒り狂った声か、大人の男の人が泣き叫ぶ声だった。聞くに絶えない恨み辛みの言葉は全てお祖父様に向けられたものだった。
女給さん達の噂話では、そのほとんどがお祖父様に見放された社長さん達のものだった。尚更、小さかった若葉にとって、明日は我が身だと恐怖した。
早く逃げたくて高校は女子校の全寮制を選んだ。そして、お祖父様と約束を交わした。それもつい先程、白紙になったけれど。
どんなに勇気のいる約束だったかなんて、お祖父様には一生分かってもらえないだろう。