crocus
桜澤さんの言葉を受け、一瞬瞼を大きく開いた後、父はむくりと上体を起こした。
「いけませんわ、社長!今、起きては…体に障ります」
「私が出向かわず、他に誰があのタヌキを黙らすことが出来る?」
「しかし…」
桜澤さんの制止を聞かず、父は壁に掛けてあったスーツのジャケットを羽織った。
「要は早く帰れ」
こちらを見ることなくそう吐き捨て、自室を険しい表情で出て行った。
「…桜澤さん。何か僕に関わることが起こったようですね」
「え…えぇ…。よくお分かりで…」
あの父が俺と目を合わせなかった。それは、あやふやな記憶ながら、確かこれが3回目だ。
何故か俺を見なかった時、しかも『要』と名前を呼んだ時に限って、俺に深く関わる出来事が起こっていて、それを父親は隠したがる癖がある。
「なんです?僕にも知る権利くらいあるでしょう」
「……今から言うのは、独り言です。…実は、要様のお見合い相手が今、急にお見えになりました…。社長は断りを入れましたが、どうやら相手が強引に話を進めたようです」
「見合い?」
なんとなく話が見えてきた。どうやら、父親を蹴落としたいのは俺だけじゃないようだ。
要は急いで父親の上等なスーツに着替えた。桜澤さんも、要が何をするのか察知してくれたようで手伝ってくれた。
身なりを整え、もっともらしい格好になると、要と桜澤さんは1つ下の社長室がある階へと続く階段を足早に降りた。