crocus
「…若葉。桐谷証券のご子息と知り合いか?それなら話は早い」
父親がタヌキ呼ばわりしていた爺さんがおもむろに立ち上がり、こちらへと歩いてくる。その笑顔は父親同様、胡散臭さと金の匂いがする。
「要くん、だったかな?初めまして。私は雪村財閥の総裁、雪村幸三。そして、あそこにいるのが孫娘の若葉だ」
「雪村財閥!?…の、まご…娘」
雪村さんを見ると、着物の袖を強く握り締めて、俯いてはいるが耳が真っ赤に染まっている。
それだけで本人の合意を得ての見合いではないことと、こんな形で知られてしまったことを恥じているのだと分かる。
だが、彼女は何も言えないほど弱気な性格ではないことを、この2ヶ月の間で十分熟知している。それでもここにいるということは、このタヌキ親父に弱味を握られているのかもしれない。
相手のお嬢様が初対面でなかったこと、それが幸いして、この見合い話は破談にもっていけそうな勝算が見えた。
「初めまして、桐谷証券会社の代表取締役、桐谷慎一郎の長男、桐谷要です。本日はご足労感謝します」
「いい加減にしないか、要…!こんな場に不慣れなお前は下がってなさい」
何を焦っているのか父親がソファーから離れ、要の肩を鷲掴みした。
「まぁまぁ、社長さん。こんな立派な後継ぎもいるんだ。うちの傘下に入れば、あんたんとこも安泰じゃないか。その誓いとして、家の可愛い孫娘をくれてやるんだ。老後も心配ないだろう?」
父の会社が経営不振なことは、隠していたつもりだろうが、前々から知っていた。
そしてたまたま偶然、俺が会社にいたところに、こうして押し掛けてきたタヌキ親父。まるで、事前に知っていたかのように。
この会社に内通者がいることは明白だ。そして、親父が冷や汗を浮かべているこんな楽しい場面を見ていない訳がない。
でもそんな親父の屈辱で歪む顔を見るのは、俺が一番最初だって、法律で決まっているだろう?
要は社長室をゆっくりと歩き、とある扉を勢いよく開いた。
「きゃっ!」
社長室から隣り合う部屋、秘書室にいたのは桜澤さんだ。思った通り、彼女の目の前のパソコン画面いっぱいに父の顔が映っていた。