crocus
「盗聴、盗撮…第一秘書として10年、父の側にいたあなたが何てはしたない」
桜澤さんは、すればいい否定も咄嗟に出てこないのか、ただ呆然としている。
「桜澤…」
要の背後から、落胆した父の声が聞こえた。
「…こ、これは一体どういうことだね」
「あっ、あのっ…すみませんっ、雪村さん!!」
「ば、馬鹿めっ…、私の名を呼ぶなっ!離れろっ!」
白々しい演技をするも、泣きついてきた桜澤さんに対して、爺さんは自ずからボロを出した。桜澤さんはただぎゅっと固く瞳を閉じている。
「この見合いはなかったことにしていただけるなら、このことは墓場まで持っていきます。どうしますか…?雪村財閥の総裁様」
父はひどく落ち着いた声で、爺さんに問いかけた。
「なっ、私を脅すつもりか!?…っ、貴様の無礼は今後の他社の取り引きに影響すると思え!!…帰るぞ、若葉」
爺さんが若葉の元へ辿り着くより早く、要は若葉の手を取り走り出した。
「走れるな?雪村さん」
「え、あ、は、はい!!」
雪村さんの柔らかい手を壊さないようけれども強く握りしめ、勢いよく扉を開いた。
「ま、待てぇ────
爺さんの声は防音扉が閉まると共に途切れた。後始末は、父に任せよう。知ったことじゃない。
一度、最上階の父親の部屋に戻り、元々着ていた服と荷物を取った。
「雪村さん!?急いで!」
父の寝室を出ようとするも、雪村さんは立ち尽くして何かを見ていた。
「あ…は、はい!すみません!」