crocus

腕時計を見ると、19時半。父親の会社に着いたのが19時だったので、わずか30分間の怒濤の出来事だったようだ。

さすがに疲れてしまい座席に深く体を任せる。すると運転する恵介がぎこちなく質問をした。

「ね、ねぇ…どうして着物を着た雪村さんがいるの、かなー?」

恵介を横目で見ると、チラッと目を動かし、バックミラーで雪村さんを見ていた。どうやら彼女に訊ねたようだ。

「えっと…、なにから説明すればいいのか…。私も混乱してて…」

「雪村さんは雪村財閥の総裁、雪村幸三の孫娘で、俺との見合い話を進めるために無理矢理連れて来られたようだ。俺自身、生産性のない腹立たしい話だったことから破談にして、ついでに拐ってきた」

雪村さんの代わりに代弁するも、車のエンジン音だけが聞こえる。

「…あー、あそう。なんか三回くらい驚く話だった気がするけど、それはこっちで処理する」

恵介は戸惑うことすら半ば諦めたような口調で言った。

「あぁ」

要は何の色も含まずに短く返事した。

そうしてくれた方が助かる。3馬鹿がいたら、オーバーリアクションと質問攻めが続いたに違いない。

「あ、あの…桐谷さん」

遠慮がちに呼ぶ声が後ろから聞こえた。顔を恵介の方へ向け、耳だけを雪村さんへ傾ける。

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