crocus

身近な温もり


俺には父親との思い出と呼べるものが極端に少ない。元より家族と過ごす時間すらほとんど無かった。

母さんに命のリミットがあると知ったのは、まだ俺が5歳の時だった。

そんな話を聞いてしまったのは、親戚中が集まる正月の時。叔母さん達の話が勝手に耳に入ってきた。

「奈々さん、5年後の生存率10%ですってね」

「元から体が弱かったものね。それなのに2人も子供を産んで…」

その頃、大好きだったお爺さんが亡くなったばかりだったから、余計に迫る母の死に強い強迫観念を覚えた。

生まれた自分せいで削ってしまった時間なのに、寿命を母さんにあげることも出来ない。

どんなにお金があっても健康は買えない。

それならば母さんの命尽きる時まで、たくさん笑ってもらおうと思った。

…俺がまだそんな風に純心な子供だった時の話だ。

< 344 / 499 >

この作品をシェア

pagetop