crocus

3人で黙って一緒にアルバムを眺めていると、写真に被さる透明フィルムの上に、水滴がポツ、ポツと落ちてきた。

その正体が分からなかったけれど、ハッとして母さんを見ると大粒の涙を笑ったまま流していた。

母さんの涙を見たのは初めてだった。

「あれれぇ~?おかしいなぁ…。泣くつもりなかったのに、うっ…もうバ要~…、ずるいなぁもうっ…ふふふっ」

両腕の袖を使ってゴシゴシと涙を拭う姿はとても大人の女性とは思えないけど、要にとって母さんが心底喜んでくれていることが、勉強や習い事で褒められるよりも遥かに嬉しかった。

その日を境に、要はもっとたくさんの景色を時間を気持ちの動きを、写真に納めては現像し、母さんに見せた。

どんな写真でも母さんは一枚一枚を時間をかけて眺めていた。そこに自己投影しているのか、時々微笑んだり、目を瞑って想像を巡らせていた。

「母さん。母さんは見たい景色ってある?」

「んー?そうだなぁ…何かなぁ…」

春が近づく頃、姉さんと見舞いに訪れた要が母さんに質問をした。

母さんは腕を組んで、目を閉じ、ゆらゆらと体を揺らして考えている。すると何か閃いたのか、「あ」と声には出さず口を開いた。

「虹!お母さん、虹が見たいなぁ~」

「へぇ~、虹ねぇ。でもどうして?」

姉さんの問いかけに、むふふと笑いながら、母さんは頬を染めた。よく分からないけど、乙女って感じだと思った。

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