crocus

100円だとか10円だとか構わずに投入し、暗記していた父さんの番号にかけた。

とても耐えられそうになかった。母さんがあんなに苦しんでいる所なんて初めて見た上、聞いたこともない窮屈で切羽詰まった呼吸を繰り返しているのだ。

母さんが大好きな父さんが来たら、また元気になるかもしれない。

そう祈る思いで受話器を握り締めても、聞こえるのは無機質な機械音が虚しく脳内に響くだけ。

それが恐怖と怒りと苛立ちに変わり、諦めてまた病室へと戻ろうとすると、廊下の窓から日の光が射し込んでいた。

それを見た要は、廊下を全速力で駆けて、病院の花壇へと向かった。見つけたジョウロに水を入れて、今度こそ病室へと急いだ。

母さんの部屋の前まで辿り着くと、心肺停止を告げる機械の音が鳴り響いていた。中からは、姉さんが泣き叫ぶ声が耳にじっとりと届いた。

要はゆっくりと屋上に上がり、ジョウロを傾け、水を撒いた。すると、薄くて小さな虹が出来た。

「母さん、虹だよ。見えてる…?僕、カメラ忘れちゃった…。ごめんね、ごめんね…」

虹はすぐに消えてしまった。
無力な子供だと思い知った。


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