crocus
「何なんだ、全く。…まぁいい。桜澤さんは雪村幸三氏の間者のフリをしていたんだ。長い時間をかけて、徐々に爺さんの懐に入っていったんだろう」
「どうしてそんなことが分かるんですか?」
左耳が雪村さんの控えめな声音を拾った。
「爺さんの足に必死に桜澤さんが飛び付いたところで確信した。元々そういう段取りだったんだろう。言い訳せずにポカンとしてしまったから、余計に焦りに臨場感が出ていたな」
「すみません、まだいまいちよく分かりません」
雪村さんみたいに教えを乞うことに素直な子がいると、僕が要にへりくだる面倒がなくなって助かる。
「俺がネタバラシをしなくても、父親と桜澤さんで同じ様な茶番劇をする予定だったんだ。何故分かるかと言えば、それが相手の足元を掬う時に使う父親の常套手段だからだ。父親がするはずだったそんな暴く側の役目を俺がかっさらった」
「それも想定の範疇に入れて…社長室にいらっしゃったんですか?」
「まぁ大方そんなところだが…、見合い相手が雪村さんじゃなかったら、躊躇っていただろうな」
「えっ?」
「初対面の女性を相手に破談に持ち込めば、その後の責任をその人にまで負わせることになる。雪村さんの場合は連れ戻せて、一石二鳥だろう?」