crocus
生まれてこのかた、世の中の男が好きだと言う制服や浴衣や水着などを見ても、ちっともときめいたことがなかった。きっとそれを着ている中身が、女性だからだろうけど。
そんな自分が、雪村さんが原因で動揺しているなんて悟られたくなくて、ゆーっくりと視線を外しながら話題を探した。
すると雪村さんの後ろの窓の向こうに、グレーのスーツを着た男性が通る。
「あ、あの人、スーツやネクタイはブランドものなのに、腕時計は年季が入ってる」
なんとも返答に困る話題を振ってしまった。女の子だから、男性ブランドには疎いだろうし、大体だからなんだという話だ。へたくそか、会話へたくそか、僕は。
また次の話題を、いやむしろ黙っていようかと悩んでいると、雪村さんは先ほどの男性を凝視している。
「あー…ごめん。気にしなくていいよ?」
「…私の初恋の人、です。あの腕時計は、お父さんが小学生の彼にあげたものです」
雪村さんはドアのレバーを引いて、「すぐ戻ります!すみません」と言って、慌てて車から飛び降りた。
恵介は見ているだけで、手を伸ばしてすぐに止めることが出来なかった。
初恋の人。それを聞いた途端、心臓がギューっと痛みを感じるほど捕まれた。原因不明の事態に胸を押さえることで精一杯だった。