crocus
「どういうことですか?」
「先生ね、ほんっとうに料理がヘタなの。煮物は大体原形のないスープになるし、電子レンジの中でプラズマ発生させちゃうし、炊飯器も爆発させちゃって…」
「それは…」
一体何をどうしたらそうなるっていうのか。
「このままじゃ調理家電を買い換えるだけで破産しちゃうよー!」
両手で顔を覆って、グスグスと泣き出した。この人、本当に大人なんだろうか。先生ではなく、名前で呼ばれる理由が少し分かった気がする。威厳がないんだ。
「やだですよ。めんどくさい。どうして僕が…」
勢いよく顔を上げた先生は、薄情者と言わんばかりに悲しい顔をして見せた。
「……じゃ、じゃあ…親戚の無農薬野菜いっぱいあげる。って、そんなんじゃダメだよね…あはは」
「場所は?期間は?作りたい料理は?」
「く、食いついた…」
無農薬野菜は、高価で手が出せない。それが手に入るとなれば、どんなに美味しくて栄養価の高い料理が作れるだろうか。父さんの健康管理に大いに役立つ。
背に腹は変えられない。恵介は交換条件を飲んで、先生に指導することを決意した。
学校が休みの土日を使って、先生の自宅のキッチンで修行することにした。受験も控えているので、指導期間は2学期いっぱいということになった。
「お邪魔します」
「いらっしゃいませ。上がってください!」
先生の家は、教師の給料にそぐわないなかなか高級なマンションだった。一歩足を踏み入れて、この部屋の不自然さを感じ取った。