crocus
12月。今年もあと一ヶ月で終わり。また新しい年が始まる。けれど、来年になっても先生に料理を教えることはない。
先日、先生の自宅から帰り際、ありったけの勇気と、子供ながらにひねくれた形で備わるプライドを削って、先生に冗談っぽく訊ねてみた。
「酢豚がクリア出来たところで、一品だけじゃあれだし…、私立中学に合格したらしばらく暇だし…先生にいろいろ教えようか?」
「……ごめんね。来年度からは別の場所で頑張ることになってるんだ。だからやっぱり…約束通り12月いっぱいまでよろしくお願いします」
「…っ、ははっ。やだな…先生、僕冗談だったんだけどな」
「そ、そっか!そうだよね!ごめんごめん。いつまでも先生みたいな物覚えの悪い人間に付き合ってられないよね!受験も本腰入れなきゃだもんね」
「そう、僕、忙しいから」
先生の辛そうな笑顔を見れば、それ以上は踏み込めなかった。ここからは入ってこないで欲しいと線引きする、先生の切実な思いが言葉の節々に織り込んであった。
先生にとっては、僕はただの生徒で、師匠で、子供なんだ。元々何かを期待してた訳じゃない、先生の心の中にはとっくに誰かが占領しているのだから。
それならば先生の思いを汲んであげることが、12歳の僕に出来る精一杯背伸びした大人の礼儀だ。