crocus
あっという間に時間は流れて、2学期の修了式から3日が過ぎた。今日はただの土曜じゃない。24日、クリスマスイヴ。
世間が賑わいを見せる中、イルミネーションも、ケーキやご馳走がある訳でもなく、なんら変わりない先生の自宅で最後の指導が行われていた。
テーブルの上には酢豚が盛りつけられた皿が1つあるのみ。恵介の前には、硬く目を瞑り、震えるほど両手を合わせている先生が座っている。
「いただきます」
狐色に揚がった豚肉を箸で掴むと、とろりとした庵が絡んで、ツーっと透明の糸を引いた。
ゆっくりと噛み締めると、甘酸っぱい味がふわっと口内いっぱいに広がった。今の恵介の心情を見事に表す味。
実らない初恋の味だった。
皮肉なことにも、それは恵介が作る酢豚と全く同じ味だった。
先生の想い人は、恵介が伝授した酢豚を食べるのだと思えば、なんとも言えない優越感と、想い人にも進入出来ない2人だけのテリトリーが確実にあることが、何よりのクリスマスプレゼントに思えた。