crocus

「美味しいよ、先生」

ゆっくり頭を上げた先生の表情は、信じられないのか目を思いっきり見開いて、両手で口を覆っている。

「ホントにぃ~?最後だからって甘やかしてない?」

「むしろ最後だから厳しくするつもりだったけど。…ホントです。先生も食べてみなよ」

恵介は箸で野菜を掴むと、先生の口元に運んだ。素直に口を開き、モグモグ食べる先生の目から、引っ切り無しに涙がボタボタ流れる。

「ちょ、そんなに泣かなくても…」

「だって…嬉しくて…。でもなんでかな、寂しくなってきちゃって…。恵介くんっ…、本当に…あ゙いがとうごじゃいまじだ!!」

額がテーブルに当たりそうな程、勢いよく頭を下げてお礼を言う先生。栗色に染まる髪が、蛍光灯の光に透けてすごく綺麗だった。

先生が「料理を教えてください!」と頼み込んできた日から約4ヶ月。その時間を先生の頭の頂点から広がる数ミリの黒髪が表していた。

この黒は、僕の黒だ。
目標達成した成長の証。
それが見れただけで、十分だった。

「まだ夕方だし、先生が笑顔にしたかった人の所に行って来なよ」

ゆらりと上体を元に戻した先生の顔が、サーっと青ざめた。やっぱり緊張してしまう相手なのだろうか。あからさまな反応に、さすがに嫉妬を覚える。

「僕が教えて、美味しいって言ったんだから。自信持ちなよ」

「…今日は、や、やめとこうかな…」

弱気めんどくさいモードに突入した先生。これ以上、見ず知らずの相手に塩を送りたくないんだけど。それを先生が察するはずもない。

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