crocus

先生が車で走り去る姿を見送った後、自宅までの道のりをゆっくりフラフラと歩いていた。

今日が終われば、ただの生徒と学生に戻る。だから、今日という日を何度も鮮明に思い出せるように、脳裏に刻み付けたかった。

先生との思い出の場所から一歩一歩離れると共に、頭の中にいっぱい溜めた記憶がシトシトと溢れ落ちている気がして、漠然とした不安に駆られた。もったいないな。忘れたくないんだけどな。

先生の想い人が恋人なのか、片想いの相手なのかは分からないけれど、上手くいってほしい。あれだけ頑張ったのだから、先生の気持ちが報われるといい。

思い浮かべた通りの相手の笑顔を見れたら、その時初めて先生の悲願達成になるのだから。

でも、僕が美味しいと言った後の先生の涙は僕しか知らない。僕だけが感じられる胸の温かさだ。

今は不思議と本当にそれだけで心は穏やかさで満たされていた。一丁前の独占欲には自分でも嘲笑してしまうけれど。


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