crocus

次に前に出たのは、琢磨くんだ。人懐っこい笑顔で、少し八重歯をちらつかせながら明るい口調で話した。

「新谷琢磨です!朝も言ったけど、敬語じゃなくていいかんな?俺はこの店ではウェイターとして走り回ってるよ。若葉も俺と同じ担当になると思うけど……まっ、楽しく仲良くしようなっ」

琢磨くんは右手を腰の辺りにゴシゴシとこすりつけた後に、スっと前に差し出した。

握手だと気づいた若葉はいつの間にか汗ばんでいた右手を琢磨くんと同じように洋服で拭うと、そっと琢磨くんの手を握った。

自分とは明らかに違う、厚くてゴツゴツと骨張った手の平に少しドキドキした。そしてポロリと感想を漏らせば全員に驚かれてしまう。

「男の人と手を繋いだの初めてです。こんなに大きいんですね?」

「えっ!?若葉、お前これが初めて、……ってホントかよ?」

「琢磨~?……顔、顔~。にやけてるよぉ~?」

上矢さんが少々恨みがましく茶化すと、琢磨くんは「んなわけねぇだろっ!」と顔を真っ赤にして、慌てて若葉から手を離した。

若葉はまだ温かさを覚えている手をゆっくりと胸の前にもっていき、もう片方の手で押さえた。

「高校は女子校だったこともありますが……。年の近い男の人と最後にちゃんと話したのは、小学生の頃のような……気が、します。あはは……」

うっかりと告白してしまった若葉は、これから暮らしていく男性陣の前で、実は男の人は苦手なんです……、とそんなハッキリと距離を置いてしまう発言は当然せずに、自分の境遇が特別違っていたんだと誤魔化した。

男の子と話したという、その最後の記憶も実は薄れかけていて、自分のいいように捏造してしまっているかもしれないのだけど。

知らないから怖いだけ。

それに今の間でも、ここの店員さんは十分に優しくておもしろい人達だということは分かっている。
だからどちらかというと、これからの毎日がどうなるのか楽しみで仕方ないくらいだ。

「若葉ちゃん、あんた国宝級にかわいいわよっ!!易々と初体験を奪いやがったクソガキにはどんなペナルティーを与えようかしらねぇ?」

そう言いながらオーナーさんは若葉の視界を片手で閉ざした。頭上からキシャー!という威嚇が聞こえるのだが、どんな表情をしているかは、琢磨くんの悲鳴を聞けば、知らない方がいいだろうと思うのだった。


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