crocus
スーツに着替えた恭平、琢磨、誠吾、恵介、そして哲平は、若葉ちゃんの着替えが終わるのを待っていた。
着物の構造はよく分からないけれど、きっと1人で脱ぐのも一苦労なはずだ。手伝うわけにもいかないので、扉の近くで声をかけるくらいしか出来ない。
「焦らなくていいからなー。たぶん相当な品だろうからさ」
「すみません…、あと少しで出れます」
薄い扉の向こうでシュルシュルと衣擦れの音が聞こえる。それだけで動機が速まるのは、男だ、仕方ない。何度も頭を振ってよからぬ妄想を遠くへ飛ばした。
若葉ちゃんは、大事な仲間だ。それ以上も、それ以下もない。そもそも何を言い聞かせているっていうんだ。
自分ではその正体に気づかないフリをして、目前の問題へと思考を切り替えた。
要、若葉ちゃん、哲平。身近な3人が元秘書の鮫島さんや、大島グループに遠からず関連している。知らないうちに、大きな渦の渦中に立たされている気がして、言い様のない不安が押し寄せる。
「ごめんなさい!お待たせしました!スーツ、初めて着るんですが…おかしくないですか?」
「お、いいじゃーん!秘密の社内恋愛とかしちゃったりしてー」
出てきた若葉ちゃんは恥ずかしそうに頬を赤らめ、照れからか饒舌になっている。恭平が明るく返すと、若葉ちゃんは両手に抱えている畳んだ着物や小物をぎゅっと抱き締めた。濃いグレーのスーツがとても似合っていることは本当だ。