crocus
しばらく様子を伺っていたが、要どころか、ここの主人すらいないようだ。恭平が携帯に着信がないか確認していると、哲平が廊下に座り込みポツリポツリと話し始めた。
「俺の母さんさ…3年前に病気が完治して、今は元気にやってるんだ」
「そっか。良かったな。気がかりだったから、安心したわ」
小さく頷いた哲平は、素早くこちらに向かって正座したかと思えば、そのまま土下座の体制になった。
「あの日は…本当にごめん!今さらだけど、ずっとずっと謝りたいって思ってたんだ。許してほしいなんて言わない。俺は俺自身を一生許せないから」
「ちょっ、何してんだよ。頭上げろって!」
哲平はうずくまったまま、ぎゅっーっと両手の拳に力を込めた。背中は小刻みに震えている。
苦しんでいる哲平になんと声をかければいいのか分からない。だから冷静になって自分の感じたままの気持ちを見つけるために恭平はゆっくり目を閉じ、簡単な暗闇を自ら作った。
すると目には映らないけれど、確かに存在する哲平の体温を手の平が、小さな呻き声を耳が、わずかな汗の匂いを鼻が、視覚以外の感覚が哲平の生を感じ取った。
それが哲平が何かを背負い込んでいることを教えてくれる。助けを求めていることお教えてくれる。それから、また出会えた奇跡を嬉しいと思っている自分自身の気持ちを教えてくれた。
目を開くと同時に哲平に会えたら言いたいと、決めていた言葉を思い出した。
「…正直、関わるのも怖かった。でも今こうして逃げないでいられるのは、さっきいた女の子のおかげなんだ。俺も…会いたいって、話し合いたいって思ってたんだぜ?哲平」
正直な気持ちを曝け出すと、ゆっくりと哲平が頭を上げた。唇を噛み締めて、涙を必死に堪えている。