crocus
鮫島さんは試合の数日前に哲平に、とある話を持ちかけてきたという。
それは「今度の決勝戦の対戦相手に、大島グループの社長の息子が出場する。だからエースである上田恭平くんを出さないように協力してほしい」という、信じられない話。
更には自分には父親を左遷させる術があるという脅迫付き。
その頃は哲平の母さんは入院中で、入院費用もバカにならないことは子供ながらに知っていた。
今でさえギリギリだというのに左遷になれば、母さんの薬代さえ支払えなくなってしまう。
中学2年生の哲平にとって、重たすぎる話だった。
そこまで話すと少しの間、哲平は押し黙った。心の中の出来事を話すことは、精神も体力もかなり消費することはよく分かる。それでも哲平は諦めることなく言葉を続けた。
「何故か鮫島さんは、俺でさえ知らない恭平のことを知っていたんだ」
「暗所恐怖症……のことか?」
哲平は静かに、でも確かに首を縦に振った。