crocus
「…そうなんだ。美味しかったでしょ?」
橘さんは腕組みして壁にもたれ掛かりながら言った。口元は緩やかな弧を描いている。
「はい。とても」
健太さんはここに現れて最初の心からの笑顔を見せた。やっぱり、ずっとずっと前に見た笑顔と同じだった。
「そういえば、楽しかったことだけは信じてって言ってたよね?先生。僕、あれだけは嘘じゃないって思ってたよ。…それに今思えば、先生は嘘とか器用につける人じゃないから、何か隠してること見え見えだったね。…僕が気づかなくてよかったね」
「恵介くん…」
橘さんの嫌味をたっぷり含んだ言葉に、先生は困惑している。
冗談を言えるほど、橘さんは完全に過去として吹っ切れたようで、いつもの意地悪を言う姿に安心した。
「それから、上田さん…」
健太さんは声色を真面目にすると、恭平さんを見た。何を語られるのか、また静かに待った。
「俺?が…なんか先生と関わりがあるのか?」
恭平さんは自分を指差し尋ねると、健太さんは一度視線を落とし、覚悟を決めたようにまた前を見た。
「はい。菜緒子さんは…、恭平さんが小学校の用具室に閉じ込められているところを発見した先生の1人だったんです」
「は?…え?でも、恵介と俺…小学校違う…よなぁ?」
自信がなくなってしまったのか、恭平さんは橘さんの方を見て確認をとった。それを受けて橘さんは
「恭平みたいなサッカー馬鹿がいたら、僕の関わりたくないリストに入ってるよ」
と、サラサラサラと言葉を並べた。
「橘さんよぉ…。一言も二言もいちいちいちいち多いっ!なんか言わねぇーと気が済まねぇのなっ!?はんっ!」
こんな時に、こんな状況でケンカ出来るなんて、とても強い心をお持ちのようだ。健太さんも、放置されて困っているみたい。