crocus

悠一さん一家と強引に話をつけて、無理やり連れ戻された家の中は出て行った頃となんら変わらずに、そこにあった。

だけどすっかり変わっていた自分の本当の心は、そうは簡単に元には戻るはずもなかった。

女性的な振る舞いをする息子を見る両親の目は軽蔑と失望と拒絶の色が含まれていて、それは隠されることなくダイレクトに伝わった。

そして両親の中の常識の世界の狭さやつまらなさを垣間見て、実の息子ながら残念に思えた。自分サイズの快適な羽の伸ばし方を1度知ってしまえば、以前より家という鳥かごは窮屈さを増していた。

連れ戻されて3日目。
忘れもしないあの日のこと。

部屋に篭っていた伊織の耳に、チャイムの音がかすかに聞こえた。そしてその後に届いた父親の怒鳴り声に、もしや…と憶測が浮かんだ。

気づけば、1階への階段を羽ばたくように駆け下りていた。

「帰ってくれ。息子が世話になったが、あんたらのせいで息子はおかしくなってしまったんだ!おかげで俺も女房も眠れずにフラフラだ、どうしてくれるんだ!」

やめてよ。
…やめてよ。

父親や母親が眠れないほど悩んでいたこと、それを玄関先にいる悠一さんや千春さん、耳を押さえられている若葉ちゃんに聞かれてしまったことに恥ずかしさから体中の血液が急激に沸騰する一方で、自分のせいで大勢の人間が戸惑い傷ついていることに頭の先からサァーっと血の気が引くような感覚に襲われた。

「ジジィ!勝手なこと言わないでよ。悠一さん達は何も悪くないんだから!」

「伊織!お前は下がってろ。そんな女っぽい喋り方するんじゃない!」

父親に自分らしさを一蹴されてしまうも、その背中の向こうで視線が合った悠一さんの表情は場の雰囲気に似合わず、花が綻んだように安堵の笑みを浮かべていて、そのことがひどく心強かった。

変わりたい。
両親に認めて欲しい。

その願いは涙に変わって溢れた。

「…お父さん。本当の私はお父さんって呼びたい。悪ぶっていたけれど、これが自分らしい生き方です。…っ、お願いだから…拒絶しないでぇぇ…!うっ、くっ…」

やっと言葉となって伝えられた自分自身の本心は重くて苦しくて、死ぬほど恥ずかしかった。両手で自分を抱きしめると、力の入れ方が分からなくなり膝から床へと崩れ落ちた。

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