crocus
どこか他人事のように、足元に一滴ずつ、少しずつ広がる涙の泉を見つめていた。
人前で母親に抱きとめられていることが恥ずかしいからだ。
それでも長年構築してきた堅く高い心の壁を乗り越え、飛び込んできてくれたことが何より嬉しかった。
「……母さん」
低く呟くような父親の声。表情を確かめることは少し怖くて顔は上げられないけれど、こちらを振り返ったということは聴覚が感じ取った。
「あなた?ちゃんと見て?この子は紛れもなく私たちの自慢の子供です。伊織は伊織です。私たちが伊織を受け止めずに、他に誰が受け止めるって言うの?」
「…………」
ゆっくり。
ゆっくりと父親の足、腰、胸、顎と見上げていく。ようやく父親と目を合わせれば、なんとも言えない様子で、迷い揺らいでいる瞳があった。
「パパ、伊織の目は伊織のお父さんにそっくりだねー!」
唐突に、突き抜けるほど明るく純粋な声が玄関に響き渡った。見れば若葉ちゃんがキラッキラの丸い目で伊織と、父親を交互に見比べていた。
「そうだねー?まぁ、だって……親子だからね!」
悠一さんの若葉ちゃんへの返答は、また違うニュアンスを含ませているように聞こえた。その言葉を受けた途端に、父親の瞳に白い光が灯った。そして、一度瞬きをすれば、微笑みをたたえた。
「そうだな。俺は……考えすぎていたようだな。伊織は、伊織なのになぁ……」
小さく何度も頷く父親の言葉は、しみじみと自分に言い聞かせているような口調だった。
「伊織が伊織らしくいられる生き方をしなさい。俺も母さんも、そんな伊織を応援するよ。……今まで縛り付けて、本当にすまなかった。こんな俺でも、『お父さん』って呼んでくれるか?」
久しぶりに見た父親の微笑みは、頬が少し赤くて照れくさそうだったけれど、瞳の奥は優しさに満ちていた。
「ありがとう。……お父さん」
自分の照れくささも隠すために、ふと玄関先を見れば、千春さんと若葉ちゃんはお互いに歯を見せて笑い合い、悠一さんは目の縁を赤くして目を細めていた。