crocus
初めて聞かされたオーナーさんの思い。
あの当時に自分の他にお父さんのこと、お母さんのことを惜しんでくれていた人がいうことや、誰の目にも触れられないよう屋敷の隅に隠されていた自分のことを心配してくれていた人がいたのだということが、ものすごく嬉しかった。
自然と頬を緩めた若葉に気づいたのか隣にいるオーナーさんは前を見据えたまま、頭をいつものようにポンポンと優しく叩いてくれる。
「そして花屋の隣に住んでいて私にも親しくしてくれていたお婆さんに再会し、私宛だという一冊のノートを受け取りました。それはここにいる健太くんと悠一さんの交換ノートでした。父親である豊さんを心配する健太くんと、それを励ます悠一さんとのやりとりがびっしりと綴られていました」
いよいよオーナーさんが、クロッカスのみなさんを集めるに至った詳しい経緯について語られることとなり、若葉の体はまた緊張が走る。
「お婆さんにどうして私宛なのかと尋ねれば、悠一さんは生前『もし僕の身になにかあったらこれを伊織くんに渡してください』とお婆さんにお願いしていたようなんです」
「悠一さん…」
健太さんがお父さんの名前を呼ぶと唇を噛み締めた。膝に置かれた両手の拳はわずかに震えている。
「まさか本当にそうなるなんて悠一さんも思ってはいなかったでしょう。だけど…そう言って私に託してまでも、親友の豊さんと健太くんのことは途中で投げ出す訳にはいかなかったのだと思います」
お父さんの思いを汲み取り、それをそのまま伝えるような強く優しい口調で言うオーナーさん。
「健太」
鮫島さんにそれが伝わったのだろう。困ったように笑いながら、健太さんの震える拳を大きな手のひらで包み込んだ。