crocus
「でもそうしたところで、それが私に出来る限界でした。店もそこそこ軌道に乗り、私自身が買い付けに行ったりと、ゆっくり彼らの心の奥底まで向き合う時間がなかった。本当に自分のしたことは正しかったのか、次第に迷うようになりました」
弱気なオーナーさんの姿に、胸が切なく震えた。
いつも答えを知っているように見守っていたオーナーさんの姿の向こうには、遠坂伊織としての迷いや不安や責任感をずっと背負っていたのだ。
「ですが……」
そう続けたオーナーさんは、ほんの少しだけ目を潤ませながら若葉を見ると、綺麗な手のひらで肩を抱いた。
「答えを求める心のまま、10年目の悠一さんと千春さんの命日に遠出して墓参りをした翌日の朝、5人が待つ店に帰ると、店の前に若葉ちゃんがいたんです。ふふっ……まるで悠一さんと千春さんがくれた答えのように思えました」
「えっ!?それって3月1日にクロッカスに泊めていただいた次の日ですか?」
「そうよ?黙っていてごめんね、若葉ちゃん。だけど信じてたの。悠一さんと千春さんの子供のこの子なら、みんなを導いてくれるって、ね」
確かに3月1日は両親の命日。若葉は3ヶ月前の出会いを思い返しながら、今まで言えずにいたクロッカスに足を踏み入れる以前の経緯を初めて口にした。
「あの日は高校を卒業した後、どうしてもお墓に報告をしたくて、歩いて行こうとしたけれど……やっぱり遠くて。ついには雨も降ってくるし、足も疲れてしまって……その上、迷ってしまいました。途方に暮れていたそんな時に声をかけてくれた人が、クロッカスの恭平さんでした」
度重なる偶然は、奇跡なのか、お父さんとお母さんのプレゼントなのか分からない。ただはっきりと分かるのは、出会えてよかったと改めて喜んでいる自分の心だけ。
「そうだったの……」
優しい声が、寄り添うオーナーさんの胸から伝わってくる。温かい体温は思わず甘えたくなるほど。
「話は以上かな?私はそろそろ帰らせてもらう」
そう言って、なおも冷たい口調でお爺様はゆっくりと立ち上がった。
「待ってください! お願いします。若葉ちゃんが悠一さん達の花屋で店を開けるようにしてあげてください!」
健太さんが素早く立ち上がり、予想外の言葉を口にした。どうして若葉の願いを知っているのだろう。