crocus

初めてきちんとお爺様と視線を交えた。

これまで合わせないようにしていたのは、自分だったことに今更になって気づく若葉。

「ようやく私の目を見てくれたな……若葉」

「お爺様……」

目の前の老人の瞳を見つめると、お母さんと同じように優しくて慈しむ色がそこにあった。

「私のしてきたことは……間違いばかりだったようだな」

纏っていた厳格なオーラがスッと消え、お爺様に残ったのは、どこか苦味もある穏やかな笑みだった。

「私は若葉を引き取ると決めたときに、千春のような惨めな人生は送らせないと決意したんだ」

「千春さんは!」

お爺様は首を横に振りつつ、反論しようとしたオーナーさんをヒュッと手のひらで制した。

「あぁ……君や鮫島くんが教えてくれたように、千春は悠一くんと若葉と花屋を営めて、幸せだったんだろうな。だが、再会した千春は息をしていなかったんだよ。……その姿を見てしまえば、到底悠一くんと一緒になった千春の人生を認めることが出来なかった」

目をきつく閉じたお爺様の目尻には数本のシワが寄った。こんな風に何度も何度も瞼の裏に、お母さんの最期を浮かべてきたのかと思うと、喉に渋い痛みが走った。

「それと同時に、千春を拐った悠一くんを憎むようになった。そうでもしなければ、嵐が吹き荒ぶ心に空洞は埋めることが出来なかった。恨み、憎むことで、悲しみと後悔を相殺してきたんだ」

秘書室にいる誰もが、お爺様の言葉を1つとして聞き逃さないよう静かに聞いている。

またゆっくりと瞳を開いたお爺様の目に、真っ直ぐに聞き入る若葉が映る。

「若葉を幼い頃から部屋の角に隔離し、屋敷の外に出ることを許可しなかったのも、食事も私以外の同席をさせなかったのも……雪村財閥の孫娘という肩書きを持つ若葉の存在を世間に晒さないためだ。全ては若葉のため。そう自分に言い聞かせてな……」


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