crocus
「あーあ、やっぱり…やけどしてる」
目を開けば、若葉の舌をまじまじと眺めている橘さん。
確かに熱々のみそ汁の味見をしたせいで舌がヒリヒリとしていた。橘さんはそれを心配してくれていただけだったようだ。
すっかり安心し体の緊張を解いた。変な誤解をしてしまったことを反省しながら、「大丈夫ですよ」と言おうとした時。
流れるような速さで橘さんの顔の右側だけが視界いっぱいに埋まった。それと同時に舌に感じた、生暖かいヌルッとした感触。
舌を舐められた。
そう判断するが早いか橘さんの胸を押して突き放した。
「何するんですか!!?」
なんなの?なんなの?
舐めた!舐めた!この人舐めたよ!
錯乱する思考の中、橘さんに真意を問えば、目の前の男の人はあっけらかんとしながら答えた。
「何って消毒。ケガにつばをつけたんだよ」
「テ、テレビで!かえって良くない治療法だと言っていましたよ!」
あきらかに切り返しを間違っていると分かってても、さも当たり前のように飄々としている橘さんに上手な反論ができる気がしない。
「知ってる。じゃあ、もう一回…」
ゆらりと近づいてくる支離滅裂な橘さん。体をより一層堅くしながら、橘さんに何とか冷静さを与えたかった。
「言ってることとやってることが違います!橘さんは、こんなこと桐谷さんや琢磨くんにもするんですか?」
ピタッ。
橘さんの動きが止まった。心の中でガッツポーズを掲げようとしたその瞬間、さらに倍増した橘さんの陰り。明らかに火に油を注いでしまったようだ。
「やめてよね。気色悪いこと言うの。ほら、見せてよ。きみの可愛い舌」
密着するは後ろに棚、目の前には艶っぽい橘さんの顔。
もうだめだ。観念しそうになったとき救いの声がした。
「気色悪いのはお前だろ」
この声は!桐谷さんだ!
「要くん…いつから見てたのさ」
若葉同様に声だけで人物を判断したようだけれど、振り向きはしない橘さん。それでも降参したように目を伏せた。