crocus
今まで若葉に対して敵意むき出しで近づこうともしなかった橘さん。

もしかすると、敵意の表し方を変えてきたのだろうか。からかって、いじめ抜こうとしているのだとしたら、その作戦は大成功だ。

なぜなら鼓動は桐谷さんのレジ打ちよりも早く鳴り続けていたため、めまいがするほど体温は上昇、立っているのがやっとの精神状態に追い込まれていたからだ。

「僕、本気になれば手が早いみたい。知らなかったなぁ 」

「なんのことですか?」

「つまり隙あらば狙っていくよってこと。……あと少ししか若葉ちゃんとは一緒にいられないでしょ?」

未だ意地悪な目付きだが、その中にも憂いの色がうかがえた。

橘さんの言う通り、今月末にはクロッカスを去り、おじいちゃんの本邸に戻ることになっていた。

その間に働かせてくれる花屋を探さなければならないし、お世話になった商店街のみんなにも挨拶を済ませなければならない。

やらなきゃいけないことが山積み。それを知ってる筈なのに橘さんときたら……。

「意地悪ですね」

「……またそういう顔して。余計煽ってるって自覚がないんだから怖いよね、要くん」

「俺に振るな」

若葉からすれば恨みがましく鋭く睨みを効かせたはずが、橘さんには全く効果を発揮しなかったようだ。

それどころか範囲を拡げ、桐谷さんのことも愉しそうに遊び始めた。

きっと飄々とした橘さんのことを手中に収め、ぎゃふんと言わせることは若葉には永遠に不可能だろうと思えた。

それからしばらくして呼びに来てくれた琢磨くん達のおかげで、やっと全員揃って写真を撮ることが出来た。

出来上がりを見れば、若葉が真ん中で両サイドはオーナーさんと橘さん。後ろでは三馬鹿と言われる3人が今にも前に倒れそうで(シャッターの後、本当に3人でオーナーの上に倒れた)、桐谷さんは証明写真かというように無表情で佇んでいた。

その写真が引き伸ばされ、クロッカスの店内の壁に掛けられる日。
ついに若葉がクロッカスから去ろうとしていた。


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