crocus
「よし……こんな感じかな」
若葉は部屋を見渡しながら小さく呟いた。
新調してくれた家具やフローリングは、初日のようにピカピカで陽の当たる部分は眩い光沢を放っている。
4ヶ月お世話になった感謝の気持ちを込めながら磨き上げたこの部屋は、いつだって泊まりに来てもいいように、そのままにしておくとオーナーさんは言ってくれた。
帰って来れる第2の故郷があることは、なんとも心強い。何より待っていてくれる人達の存在が。
部屋に向かって深く一礼し、若葉は静かに扉を閉めた。
一階へと降りると、定休日である店内はがらんとしていた。
次に来るときは、従業員ではなくお客さんなのだと思うと、惜しむ気持ちが一層しんしんと強まった。
今の内にと言わんばかりに、カウンターの内側へと歩みを進めてみる。
ここからクロッカスの演奏を観ることが好きだった。
オーナーさんと感想を言い合ったり、時々目配せしてくれるメンバーに手を振ることが楽しかった。
常連さんと次第に心を通わせて笑い合ったことや、失敗したら励ましてもらったことが次から次へと思い出される。
あの席で誠吾くんや翔さん、祥さんが仲直りし、あっちの席ではプロポーズに成功したカップルもいたりした。
今では時々、入口付近の席で橘さんのお母さんである未久さんがパソコンをしていて、橘さんの明太子パスタを幸せそうに食べていく。
くだらないことがきっかけで琢磨くんと誠吾くんが大喧嘩したときに出来た壁の凹みは、先程クロッカス全員集合の写真で隠された。
見慣れているいろんな箇所が活き活きと語りかけてきては、若葉の胸の奥をきゅうんと切なく震えさせた。
最後ではないはずなのに、今日が終わらなければいいと、いっそのこと日にちを延ばしてしまおうかと思ってしまう。
「寂しいな」
誰もいない店内で自分の耳だけがその気持ちを聞いてしまい、また後ろ髪を引かれた。