crocus
その後、大急ぎで開店準備を再開した。午前11時に開店すると、サラリーマンや近所のおばさま達、若い女性のお客さん達などがぞくぞくと入店した。
若葉はというと、店内の角に置いてあるキーボードの椅子に腰掛けてオーナーさんに渡されたメニュー表を覚えていた。
ちらりとメニュー表越しに店員さん達の様子を伺えば、桐谷さんが精算をしている様子が見えた。
「ありがとうございました。またお越しください」
失礼ながら若葉は言葉通りギョッとした。なにせ初めて桐谷さんの笑顔を見たからだ。
目を細め、爽やかな笑顔で送り出している。男性のことに関しては自他共に認める鈍さを持つ若葉でもドキッとしてしまった。
あんな笑顔をされたらカフェというよりは、夜の煌びやかな世界に来たように思える。その証拠に女性客2人の頬はほんのり蒸気していた。
女性客に共感しながら、ぼーっと桐谷さんを見ていると、桐谷さんと目が合った。いつの間にか女性客は帰っている。いつからバレていたのかと焦っていると、桐谷さんがふっと見透かしたように鼻で笑った。
まるで『これが営業スマイルの見本だ』という桐谷さんの声が聞こえてきそうだった。
だが、よくよく見てみると、やや桐谷さんの頬も紅く染まっている……気がしないでもない。
ううん、そんな失礼なことを考えていれば勘のいい桐谷さんのことだ。顔に出やすい若葉の考えなんて手に取るように分かるに違いない。
ぶんぶんと頭を振って、いやいやいや!違う違う!と否定した。