crocus
次に視線を横にずらして目に入ってきたのは、上田さん。
常連さんのようなおじいさんと楽しそうに話している。しかし、その身のこなしは完璧に記憶したロボットのようにしなやかな流れで手際よくカップにコーヒーが注がれていく。
動きに見惚れていると、上田さんに気づかれてしまった。手の動きはそのままに見透かしたような瞳をして、口をパクパクさせる上田さん。言い終えると、ふはっと笑った。
その笑顔にドキッとするも、さっきの上田さんの口の動きを読み取るに、きっと『ばーか』と言ったと思う。
若葉は叱られてしまったと今度こそ視線をメニューにサッと戻した。
ちゃんとしなきゃ、しなきゃと必死で集中する若葉の耳に「ぷはっ」と噴き出す上田さんの声が小さく聞こえて、恥ずかしさから益々動機が早まった。
「どう?小さいカフェにしてはメニュー多くてちょっと大変でしょ」
迷惑にならない程度の声量でブツブツとメニューと値段を唱えていれば、突然後ろから声をかけられた。
「オーナーさん。ええ、はい……ちょっとだけ。でも料理の写真つきなのでお腹空いてきて、お腹が鳴るのを抑える方が大変です」
「ふふふ、メインは恵介、デザートは誠吾がそれぞれ自分たちで考えているのよ?季節によっても変わるから、その都度覚えなきゃいけないわよ~」
「へぇ!そうなんですね!すごいなぁ……。本当にお料理が好きなんですね」
先ほどから漂ってくる香ばしいソースの匂いの元を素直に辿ってみれば、橘さんが意外にも穏やかな表情でフライパンを振っている。それはここに来て初めて見る橘さんの表情だった。
自分は快く思われていない。
これ以上見ていては、きっと気づかれて、いつものつまらなそうな顔をさせてしまう……。
頭では分かっている。
分かっているのだけど、楽しいが溢れている、その顔があまりにも印象的で綺麗で、目が離せなかった。