crocus
これ以上はさすがに……と思っていた矢先。ドアップで上矢さんの目玉が視界いっぱいに埋まった。あと数ミリで上矢さんの鼻先がくっついてしまいそうだ。
硬直する若葉が目だけを見開くと、なぜか負けじと上矢さんもグググっとその瞳を見開いてきた。
それがなんだか可愛くって、おかしくって、なんとか叫び声を上げずに済んだ。
「急に目の前に来たらびっくりします、上矢さん」
「へへへー。そぉんな若葉ちゃんは誰を見てたのかなー?んー?」
「へっ!?」
にっこりという字がピッタリな笑顔の上矢さんの言い方は茶化すような、いじめっこのような言い草だった。
当然、体全体が熱を持つ。気恥ずかしさを誤魔化すために若葉は話を逸らした。
「そ、それより!どうかされたんですか?」
「ふふっ。んー?えっとね、これー。売れ行きナンバー1デザートの『ケットシープリン』だよー」
「うわぁ~!かわいい!」
じゃーんと言わんばかりに上矢さんが体の後ろに隠し持っていた皿を若葉の目の前に出した。
その皿の上には、猫の顔の形のプリンが乗っていた。猫の王様をモチーフにしていて、耳や輪郭はゴマプリン、口元の白い部分は杏仁豆腐で、頭に乗る王冠はパイ生地で作られているそうだ。
「よく出るものだから若葉ちゃんも味を知っているといいと思って作ったんだぁー……っていうのは建前で、ただ単に差し入れだよー!頑張ってる若葉ちゃんにね」
「え、わぁ……そんな。わざわざありがとうございます!まだ何にも役に立ててないですが……」
せっかくのご褒美の前で、人間観察に夢中でしたなんて……、とても言えない。
「んーん。若葉ちゃんがいるだけで店内が4割増しで華やかだよー?いつも男とオカマばっかりだもん」
何か黒いものが視界の端に見えたと思ったら、次の瞬間、上矢さんの腰をオーナーの足が蹴飛ばした。
「きゃいん!」という上矢さんの鳴き声に、かわいい……なんて思っていれば、隣にいるオーナーがドスの効いた低い声で言った。