crocus
「誠吾てめぇ、株上げてねぇで、さっさと戻れや。あー…なんか、知り合いの団体客呼びてぇなー。デザート大好き女子大生20人くらい」
それを聞いた上矢さんはサァーっと青ざめて、震える手でプリンの皿を若葉に渡した後、猛ダッシュでカウンターへ帰っていった。
20人前なんて、すごい脅しだ…。きっとオーナーさんのことだから本気でやりかねない…。
ごめんなさいと、ありがとうございますを込めた礼を、上矢さんの背中に向かってした後に、わくわくしながらフォークに手を伸ばしたが、オーナーさんに確認を取るのを忘れていた。
「オーナーさん、いただいてもいいですか?」
「ええ、もちろん。あ、恭平にコーヒーも頼もうか?」
「いえいえいえ!そんな!味の学習はいずれまた!今は仕事中なので、初日からそんな至れり尽くせりでは 」
オーナーさんにこれ以上、甘やかされては、ダメ人間になる気がした。ここでは特に自分は自分で律していかなきゃいけないと思う。
「ふふっ、そんな律儀な…。うん、わかったわ。さ、出来立ての内に食べてあげてちょうだい?」
「はい!いただきます!」
ゴマプリンは程よい甘さで後から、ゴマの香りが鼻から抜けていく。
「おいひぃ~」
心がほろほろと解れていくような感覚は、この味とは全く別物だと分かっていても、初めて上田さんのコーヒーを飲んだときと一緒だった。
さらに言えば 若葉の両親の花屋をも彷彿とさせた。そうきっとこれこそが、「帰ります」と上田さんに言えなかった正体。
嬉しいの味。
幸せの味。
心の柔らかい部分の味。