crocus
キシャーっと牙を剥き出して言い争いを始めてしまった2人に苦笑いするしかない若葉の後ろで、琢磨くんが気だるそうにポツリと呟いた。
「あー…ちょっとのぼせちったなー」
「え、大丈夫ですか?」
「ん?あー…だいじょぶ、だいじょぶ」
「帰ったら水分たくさん取ってくださいね?」
「おう!そうするよ…って、帰ったら…?」
琢磨くんが目を上に上げて考える素振りをすると、前方で言い合いをしていた2人が同時に桐谷さんにすごい剣幕で尋ねた。
「要!今何時!?」
「5時20分」
桐谷さんはふぅと息を吐きながら、なんだか高そうな腕時計を見て時刻を伝えた。すると琢磨くんが両手で頭を押さえ、顔を歪めた。
「げっ!やべぇじゃん!つか、要も分かってんならさっさと言えよっ!」
「生憎だか、俺は10分もあれば十分だ」
変わらず冷静に返答する桐谷さんの言葉を、どこか諦めたようにコクコクと頷いた琢磨くんは若葉の頭をぽんっと叩いた。
「わりっ、若葉!俺達ちょっと準備があるからさ、先にダッシュで帰るわ」
「あ、は、はい!」
そう言うと琢磨くんはダダダと駆け足で去っていく。そして、ずっと先を歩いていた橘さんの背中を押しながら走り、ついには見えなくなった。
じゃあ僕らも、と言うと上矢さんと上田さんも後を追うように走って行った。
夜の部の開店時間までは、あと40分だ。でも銭湯に行く前に料理等の下準備はしていたようだし、そんなに慌てる必要もない気がするのだけど。
若葉には分からない下ごしらえがあるのかもしれない。
若葉と同じウェイターである琢磨くんまでもが慌てて帰ってしまって、新入りの自分では、まだまだ役不足なんだろうかと不甲斐なさを感じた。