crocus

若葉が勝手にしょぼくれていると、少し前を歩いていた桐谷さんがそっと速度を緩め歩幅を揃えてくれた。

「雪村さんに今日、初めて見せる店の一面がある。それで、あいつらは昨日からいつも以上に気合いが入っているようだ」

桐谷さんは美しい背筋を保ち、真っ直ぐ前を見据えたまま、琢磨くん達が急いでいた事情を話してくれた。

変に落ち込んでいた若葉に気づいて声をかけてくれたようだけれど、先に行った琢磨くん達のフォローをしているようにも聞こえた。

桐谷さんの優しい一面を垣間見ることが出来て、にやけながらバレないように隣を盗み見ると、桐谷さんはどことなく頬を赤らめて不服そうにしていた。

どうして俺が……と、今にもそんなぼやきが聞こえてきそうだ。その姿がなんだかいつもの冷静な桐谷さんとは違って、可愛らしいと思えた。

「そうなんですね。桐谷さんも琢磨くん達と一緒になさるんですか?」

「ああ。何をするか話してしまえば、あいつらにどやされるだろうから、深くは聞かないでくれ」

「ふふっ、はい。わかりました。楽しみにしておきます。桐谷さんも頑張ってくださいね」

「俺はいつもしていることを、いつものようにするだけだ、が……期待に応えられるよう努めよう」

「き!」

ほんの一瞬、ふっと穏やかに微笑んだ桐谷さん。それはあの営業スマイルではなく、心から自然と湧き出たように思える。

反射的に「綺麗!」と言葉にしてしまいそうだったが、寸でのところで思い留まった。


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