crocus

きっと桐谷さんのこと。
怪訝な表情に一瞬で切り替わり「男に綺麗などと……」と叱られそうだったからだ。

若葉の奇声に桐谷さんは、この時間に初めて若葉と目を合わせた。それはそれは不思議そうな顔で。

「き?」

「あ……。き……、木が歩道にいっぱいあるなって!」

「そうだな。ここの木は商店街の松本さんが剪定してくれている」

「そうなんですか……。商店街の……」

若葉は植え込みの木を見上げるフリをするも、内心では自分の誤魔化し方の不自然さに唖然とし、何故か通用したことに「セーフ、セーフ」と審判が両手を広げていた。

桐谷さんは真面目で寡黙なイメージがあったが、それはみんなの中で一番ストレートな表現をし、必要以上の言葉を発言しない分かりやすい人なのかもしれない。

そう若葉が思っていれば、もうすぐ目の前にクロッカスが現れた。

クロッカス夜の部は、ちょうど太陽が沈むと同時に始まった。


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