crocus
しばらく見惚れていた若葉はハッと我に返り、制服に着替えなければと、店員さん達がいる低いステージの横を通って、2階に上がるために店内を仕切る暖簾をサッとめくった。
これから始まるライブが楽しみで、2階へと上がる階段を1つ飛ばしで駆け上がった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
午後6時すぎ。クロッカスの店員さんによるライブは、桐谷さんがスティックをカッカッカッと叩くクリックの合図で始まった。
カウンター席、4人掛けのテーブルの5卓は、若いカップルや仕事帰りのサラリーマン、高校生の集団で満席だ。
座りきれなかったお客さんは、壁に寄りかかったりしていて、ザッと30名はいるのではないだろうか。
若葉はカウンターの内側に入り、演奏を聞いていた。軽快な疾走感溢れる曲、ポップで可愛らしい曲、愛を歌うバラード。
どの曲もが店内にいるお客さんを虜にしていた。なによりも店員さんたちが、とてもイキイキしていてすごく眩しい。
そして、少し安心している自分がいることに気づく。
いつもどこか無意識に『何かを抱えている人達』なのだと、一体なにが地雷源なのか分からない故に、壊れ物を扱うように恐る恐る接してしまっていた。
だけど、こんなにも一生懸命お客さんを楽しませようと一丸となっていて、店員さん達が「無」になれる時間があってよかったと思った。
今はただのキーボードの上矢誠吾さんで、ベースの橘恵介さんで、ギターの新谷琢磨さんで、ドラムの桐谷要さんで、ボーカルの上田恭平さんだった。
その様子がすごく嬉しくて、愛しくて、クロッカスが大好きになってしまったと自覚し、若葉は胸をきつく押さえた。