crocus

一人、目を潤ませてしまっていると、3曲目を歌い終えた上田さんがマイクを通して話を始めた。

「今日はお越しいただいてありがとうございます!えーっと……突然ですが、クロッカスに新しい仲間が増えました。なんと……女の子です」

「女の子です」の部分を瞳をぎゅっと閉じながら小さい声で言うと、お客さんの中から「ヒューー!」と声が聞こえた。

自分のことだ!と、急な紹介に動揺していると、全員の目がこちらを見ていることに気がついた。

いつもならそれだけで体中から汗が噴出しそうではあるのに、あることに驚いてとてもそれどころではなかった。

30人ほどのお客さん全員の瞳がとても穏やかで、みんな笑ってくれている。

初対面の若葉を温かく迎え入れてくれているのだ。

なんて素敵な街だろう。
なんて優しい人達なのだろう。

こんな穏やかな空気を作ったのは、きっと確実にクロッカスの店員さん達の力なのだ。

きゅうんと痺れるように締め付ける胸も手足も喉も瞼も、感動に打ち震える心がそうさせている。

若葉が耐えるようにぷるぷる震えてしまっていると、上田さんが少し呆れたように優しく微笑みながら手招きをしている。

「若葉ちゃん、こっちこっち」

素直にステージに上がるとパチパチと拍手してくれるお客さん。

背中を琢磨くんにバシッと叩かれるとステージの真正面に立たされた。

「自己紹介、出来るよな?」

上田さんの言葉に小さく頷いて、差し出されたマイクを受け取るも頭が真っ白で言葉が出てこない。

何気なくチラリと正面を見ると、いつ帰ってきたのだろう、入り口の扉に凭れ掛かりながら手を振るオーナーさんがいた。

その姿を見つけた途端、体から余計な力が抜けていき、心が落ち着いた。

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