crocus
恭平さんがぎこちなく足を動かしながら帰っていく。
扉から顔だけ出してその姿を見届けていれば、少し開いた正面の扉から上矢さんがニタニタしながら覗いていた。
「♪若葉ちゃんのぉ~左手握ったのはぁ~俺が初めてだぜ~」
またしても即興だと思われる唄を口ずさむと、般若のような形相で恭平さんがグルっと振り返った。
「あぁん?てめこら、いつから見てたんだよ!?」
「朝はゆっくり過ごしていいからな」
「ほぼ最初じゃねぇか!!」
「うん。若葉ちゃん、こういうのムッツリスケベっていうんだよ」
ぷぷぷと口に手を当てて、からかう上矢さんに乗っかり、わざとらしく返事した。
「へぇ……知りませんでした。恭平さんはムッツリ……」
「え、若葉ちゃん!?いやいやいやオープンだから!俺、人並みにエロイから!」
ああ、バカバカ!
この手の話は守備範囲じゃないのに……。
どうしようこの空気。
「僕、恭平のことおバカさんだって思ってたけど、残念なバカだったんだね?」
悪気のない笑顔でとどめの言葉を突きつける上矢さんに、悟りを拓いたような穏やかな微笑みを残し恭平さんは静かに去っていってしまった。