crocus

『カブ狩り』

その言葉を頻繁に聞くようになる少し前、魚屋を営み毎日忙しい父親が夏休みの思い出作りと題してキャンプへ連れて行ってくれた。

キャンプ場近くの森林に父親と兄貴と琢磨の三人で一緒に入ると、そこでかなり大物のカブトムシを見つけた。

マンガやゲームが好きな琢磨にとって生き物を飼うということは、責任という言葉がついてまわるためいつもなら避けていたこと。

けれどそのカブトムシの大きさとかそんなことよりも、

『あの忙しい父親が捕ってくれた』

そのことが素直に嬉しくて大事にしようと思ったのだ。

名前は琢磨が大好きなマンガ『しゃーっす!』の不屈の狂犬主人公からもらい『マキオ』と名づけた。

健太にマキオを見せたときには、すごくショックを受けたような顔をしていた。虫嫌いは相変わらずのようだった。

マキオは町内一の大きさで、友達のカブトムシと相撲をさせれば得意の技で投げ飛ばし、全戦全勝のカブトムシだった。

夏休みも終わりに差し掛かったある日。公園にいけば見知った顔が何人も集まっていた。

「どうしたんだよ?」

「おー……琢磨。なんか裕人がカブ狩りに逢ったらしいよ」

「は?カブ狩り?」

「しらねぇ?最近、高校生の兄ちゃんらが、でかいカブトムシばっか狙って強引に奪っていくらしいよ」

「なんだそりゃ?ひでぇな……」

もしマキオが奪われたりしたら……父ちゃんに申し訳なくて、すっげぇへこむと思う。

琢磨は巡らせた想像で肩を落とすと、友達の裕人のため全力で犯人の高校生探しをするも、その日は見つかることはなかった。

そして気になることが、もう一つ。

最近、健太の顔を見ていなかった。遊んだとしても、どこか上の空で健太の表情は曇ってばかりだった。

どうしたのかと尋ねても、一度ぎゅっと拳を握り締め、作り笑いをして「なんでもない」と返事をするばかり。

そんなことは初めてで、琢磨はどう対応すればいいか戸惑っていた。いつもなら何でも話し合って、お互いのことで知らないことはないと自信をもっていたのに。

健太の飲みかけの缶ジュースにマキオを乗せたこと、まだ怒っているのかな……。

そんな冗談でも考えてなければ、モヤモヤするむず痒さが眠りつく前までずっと取り巻いて仕方なかった。



< 95 / 499 >

この作品をシェア

pagetop