crocus
「あは…あはははっ、…ふふっ、ふはっ…」
「お前…なに笑ってんだよ」
沈みかけた太陽の陽がちょうど健太のメガネに反射していて、健太の瞳がよく見えない。それがすごく不気味に思えた。
「すごいなぁ…。正義のヒーローだ。かっこいいなぁ。でも…そういうところ…すごくイライラするんだよね」
今の言葉はどこから聞こえてきたんだろう?冷たい言葉を吐く目の前の男は一体誰なんだろう。
俺の知ってる健太は、こんなこと言ったりしない。
世界がひっくり返ってしまったように、頭がぐらぐらして言葉が浮かばない。
それとは対照的に目の前の男は、ふぅと一息吐くとスラスラと言葉を紡いでみせた。
「カブトムシのことね、この高校生に依頼していたの僕の父さんなんだ。裕人から何か聞いたんじゃない?今朝、血相変えて僕の家の近くから逃げて行くとこ見たし」
ゆっくりゆっくりとしか言葉を理解出来ない。その間に飄々と近寄ってくるその男は、愉快そうに悠長に話す。
「僕のお父さんね、最近転職したんだ。そこの社長の息子が欲しがってるんだよ。『大きなカブトムシ』をね。でもバカでデブでオツムもないからさ…力加減が出来なくて、すぐペチャってしちゃうんだって。いつまで持つかな…マキオ」
メガネ男が胸の前で両手を合わせると、パンっと音がした。その間にマキオの未来の姿が視えた。
次第に怒りで震えだしてしまう身体。思いっきり拳を握りしめて爪を手の平に食い込ませ、自分に痛みを与えて自制する。そうでもしなきゃ、目の前の男…健太に殴りかかってしまいそうだ。
「いくらくだらなくても、父さんの出世がかかってるんだ。手伝いをするのは息子として当然だろ?そして助けてくれるんでしょ、ヒーローくん」
「…めろ、やめろよ、健太。もういいって。…冗談だろ?そう言えって、そこの奴らに言われてんのか?なぁ…だろ?」
優しく問いかけたつもりが、あまりにも不恰好に声が震えて、自分の声じゃないみたいだった。