にがいの。
誰にも言わない恋だった。二人だけの恋だった。
もしいきなり、幸さんを嫁に下さいなんて言ったら…おじさんはどんな顔をするのだろう。
怒るだろうか。冗談、と笑うだろうか。
…そんなこと想像してひとり、苦笑いした。
『…夜風にあたりたい』
火照った頬を布団から少し覗かせて、幸がはにかんでそんなことを口にしたから、じゃあ星空でも見に行きますか、なんて似合わない台詞を口にして。
残念ながら車なんていいものは持っていないから、ロマンチックの欠片もないようなカゴがへこんだ錆び付いたチャリで夜の道へと駆け出した。
冷たい風が、耳元で唸る。
俺の背中にピタリと身を寄せて、ギュッとしがみついている幸の腕。
温かくて、優しくて。…愛しいなぁ、だなんて今さらそんなこと改めて思ったりして。
今すぐチャリを止めて、振り向いて、抱き締めて。戸惑う幸に、キスしてやりたいとか、思った。公道とか関係無しに、今すぐ大声で好きだと叫んでやりたいと思った。
俺たちの真上。
どこまでも延びる星空。
きっとこれは、永遠なんだと。そんな言葉俺には到底似合わないけど、そう思った。
─どうしてあの時。
すぐにチャリを止めなかったんだろう。
振り向いて、抱き締めなかったんだろう。
大声で好きだと、馬鹿みたいな告白をしなかったのだろう。
─どうして。
もう一度、キスしておけばよかった。
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