アイ・ドール

 シフォンの正体を疑う事もなく、言動と歌声に酔いしれ、歓声を上げる人々――――。




「なんでシフォンが大トリで歌えねぇんだよ――もうこんな番組出ねぇぞっ――」

 番組終了後の楽屋においても、マネージャーに向かって悪態をつくシフォンの声が響く――。


「すいません――本当にすいません――」

 マネージャーが謝罪を繰り返していた。


 彼女らが出演していた時、僅かだったが私はシフォンのマネージャーと会話を交わした――。


 縁のない眼鏡をかけ、黒に近い濃紺のスーツを几帳面に着こなし、私やスタッフ達に対しても、真摯な態度と言葉遣いで対応する姿勢――――シフォンには出来過ぎな、長身の男性マネージャー。


 が、シフォンの傍若無人さに蝕まれたのだろう、彼の気と姿は何処となく疲れ、痩せ細っている様に見える――。



「大変ですね――」

 思わず本音が漏れてしまった。


「そう思われますか――」

 言葉は丁寧だが、声の勢いは明らかに失せていた――。


 何かを思い出したのか、仄かに笑った――。


 シフォンも最初から、ああではなかったと遠くに視線を飛ばし、言った。

< 259 / 410 >

この作品をシェア

pagetop